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トキワ、シュウマツドリ
創作置き場
-母子問答-


「アレキサンドラ、最近はどう? お仕事、頑張ってる?」


うーん、まあまあかな。結構やれてると思う。


「そう。良かったわ。貴方が心配でね……辛いものを背負わせてしまったから」


ううん、そんなことないよ! ボクは全然へーき! お仕事は大変だけど、やり甲斐あるし。


「アレキサンドラ、無理してない? 大丈夫? 貴方は私に似て身体が強くないから……」


だいじょーぶ! もう、心配性だなあ……ほら見て、ピンッピンだよ?


「そうなのね……? ふふ、元気そうなら何より」


それより、ねえ! ボク、友達ができたんだよ!


「あら! そうなの! アレキサンドラからそんな報告が聞けるなんて!」


えへへ。


「ね、どんな人なの? 男の子? 女の子?」


えっとね……優しい人だよ。男の人。ボクよりずっと年上の。


「年上の男……アレキサンドラ、その人大丈夫なの? 男は皆狼よ……?」


そう! 狼なの。アルマースの狼。夜だけ会いに来る、優しい狼だよ。


「ふふ、もっと教えて?」


あのね、アルマはすっごく優しいんだよ! 怖い顔して顰めっ面で、すぐ呆れた顔するんだけど、紅茶を飲んだ時の顔! すごく柔らかくて、一瞬ふわって笑うの。


「うんうん」


それでね、すごーく絵が上手くてね! あ、他にも外に連れてってくれたりしたよ! あとね、辛い時は抱き締めてくれた……ぎゅーって。あったかくて、懐かしくて……幸せだなあって思った。


「……うふふ、アレキサンドラ、すごく幸せそう。アレキサンドラはその人のこと、好きなの?」


うん! 好きだよ、すごく好き! アルマのね、笑った顔が好きなの。


「……その気持ちを大切にね、アレキサンドラ」


うん! あっ、でもボク、大好きだよ! お母さまのことも!


「ええ、お母さまも……アレキサンドラのこと、大好きよ。ずっと、ずーっとね」


えへへ! お母さま、大好き!


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テーマ:自作小説(ファンタジー) - ジャンル:小説・文学

[2018/11/19 00:52] | ダイヤモンド・ライト | トラックバック(0) | コメント(0)
-6- アスチルベはローズクォーツのように

 騒めく大人たちを一番上から眺めて、憂鬱そうに目を細める。少女にとって、これは気が重くなる仕事なのだ。広い議場に議長の「静粛に」の声が反響する。
 温度の無い瞳が辺り一面をぐるりと見渡し、表情の無い顔に長い睫毛が影を落とす。「少年」は背筋をしゃんと伸ばした。

「領海内での海賊行為の横行にあたり予算を増額する防衛費ですが、財源確保の為に第二市民の人頭税を増額すべきと考えます」

 頭のてっぺんが寒くなった小太りの議員が話を始める。配られた資料に目を通してうんざりしてしまう。また、これから嫌なことをしなければならない。
 こちらの表情を伺うように訝しげな目を向けてくる小太りの議員に、アレキサンドラは表情を引き締める。堂々としていなければ。机の下で手の甲を抓った。

「陛下、何かご意見は」
「……人頭税は一昨年に引き下げましたが」
「それを、再度元に戻すべきだというわけです」

 凛とした芯のある声が議場に響く。その瞳は真っ直ぐと相手を見据える。視線の先の男が嫌悪を隠そうともせずに向けて来るので、彼女はまた手の甲を抓った。
 ああ、嫌だ。不快感に表情を歪めたくなるし視線を逸らしたくなるが、どうにか堪えて重い口を開く。

「それではますます、我々第一市民と国民の大多数である第二市民の待遇が開きます。下げたばかりの税がまた上がっては、国への不信感も拭えないでしょう」
「大体、一昨年に人頭税を引き下げたのが間違いだったのですよ、陛下」
「ならばその時に根拠のある反論を述べてください、クルマン伯爵」

 表情は変えない。一昨年、彼女が国王に就任した年のこの国は酷いものだった。平民ら第二市民の国民に課された税は、貴族ら第一市民のそれの何倍にも上るものだった。
 その時こそ、あの異常な状態に疑問を持った貴族らが大半だったが、今回はそう上手くもいかない。数多の目に睨み付けられているような気がして、冬だというのに汗が滲んでくる。

「余裕のある者がない者たちが背負うものを負担する。財源の確保には第一市民……貴族の税率を上げる。調査の結果、国民の多くは『生活が楽になった』と答えているのです」
「おお、陛下の言う『国民』には我々が含まれていないようですなあ」

 戯けるように伯爵が言うと、議場にクスクスと囁く声が広がる。頭に血が上ってゆくのが彼女自身で分かった。苛立つ自分を抑えようと、手首に爪を立てる。
 いつも、いつもこうだ。始めは同情心から協力的だった大人達は、彼女がれっきとした「国王」である事に気づき、自分たちに不利な動きを見せ始めた途端にあっさりと態度を変えた。
「子供」では無いと分かったら、彼らは子供扱いをするのだ。

「陛下は何のために政治をしておられるのですか?」
「何のためって……国民が平等に、幸せになれるように……」
「ああ、なんとお優しい! 温かな人々に囲まれ大切に育てられた陛下らしい、素晴らしい意見だ! しかし陛下、陛下はまだ子供だからお分かりではないのです」

 至って真剣に答えたそれに返ってきた声は、皮肉っぽく響いて嘲笑を含んでいた。顔が熱くなってくる。震える指先で手首の薄い皮膚を抓った。
 彼女が視線を下げその表情をやや曇らせたのが分かると、声の主はにやりと口角を上げる。同調し笑う者、やり過ぎだと冷ややかな目を向ける者、無関心に傍観する者。全ての視線が二人に集まる。

「我々貴族と他の国民は同じではないのです。我々は『国を背負う』というとても大変な仕事をしているのですよ。だから当然、第一市民の負担が軽いのです」
「そろそろにしてやれ、クルマン。子供には難しい話だ」
「不敬だぞ、貴殿ら! 誰に向かって口を利いている、慎め!」

 議場の一角からヤジが飛ぶと、小さな笑い声が巻き起こる。まだ崩れてはいけない、堪えなければいけない。噛み締めた唇が切れて血が滲む。手の甲に強く食い込んだ爪の痛みは感じない。
返す言葉を探し黙りこくっていると、他の議員の制止に救われた。数度の「静粛に」の後、まるで何事も無かったように議会は滞りなく進む。
 アレキサンドラは表情も変えず、再びそこに王として君臨する。机の下、抓った手の甲は赤く染まり、僅かに血が滲んでいた。



 数時間に及ぶ仕事を終え、議場を後にする。声を掛けてくる貴族との軽い談笑を卒なくこなすのも仕事の一つである。優美に微笑みその場を立ち去って、待たせている秘書の元へと向かわなければ。

「にしても本当、あのお坊ちゃまにはうんざりだよなあ」

 早足で進めていた足が、人気の無い議場横のテラスの前で止まる。嫌になるほどに聞いた腹立たしい声だった。それに便乗し笑う声も複数聞こえてくる。

「俺は始めからお子ちゃまに政治は無理だと思ってたぜ?」
「嘘つけ、始めは散々先王を貶しながら陛下を持ち上げてたクセに」
「だからお前ら口を慎めと……まあ、気持ちは分からんことは無いが。陛下の政治は理想を追い求めすぎているからな」

 胸がどきりとした。下卑た笑いの中はっきりと聞こえた、それはあの時救いの手を差し伸べてくれた声だった。心臓が締め付けられるような感覚。話の続きに聞き耳を立てる気にもなれず、小走りで走り出した。
 他人を信用してはいけない。先王である父がいつも言っていたのに。心が弱くなっていると、小さな光にも手を伸ばしてしまう。口の中は血の味がした。
 誰も頼ってはいけない。自分はいつだって、完璧な「王様」でなければならないのだから。

「お疲れ様です、陛下」
「えっ、ああ、セレス……ありがとう」

 不意に声をかけられて吃ってしまう。嘗ての教育係で今は秘書を務める女性、セレス=コマロフは緩くウェーブした髪をふわりと揺らして微笑んでいた。
 安堵と焦りでアレキサンドラは何とか笑顔を作るが、人差し指でぷに、と頬を刺されてしまう。セレスは困ったように笑いながら見つめてきた。

「ちょっと浮かない顔になってますわ、アレキサンドラ陛下。お疲れですね」
「あー……うん、はい! これで元気に見える?」
「ばっちり! 帰ったらお茶にしましょう。コックたちがクッキーを焼いているそうですよ」

 しっかりと笑顔を作り直すと、彼女は顔の横で丸を作る。少しは気が楽になったような気がして、アレキサンドラはほっと息を吐いた。
早 く大人になりたい――否、ならなければならない。馬車に揺られながら彼女はぼんやりと考える。自分の全てが子供っぽくて嫌になるのだ。手袋の下で赤くなった手の甲が、今になってじわじわと痛んだ。


「お帰りなさいませ、アレキサンドラ陛下」
「ただいま! ありがとう」

 手厚い出迎えに、マフラーを外して柔らかく微笑む。天使の如くその笑みに、メイド達の心すら癒してしまう程だ。
冷えた身体に室内の暖かな熱がじんわりと滲みる。侍女達にコートを託して居間へ向かっていると、バニラの甘い香りが漂ってきた。

「あっ、アレキ、お帰り! 丁度良かった、ブリューテでケーキ買ってきたんだ。お茶しない?」

 後から足音が跳んできたかと思えば、すっと肩に手を回される。グラナは薄紅の瞳を輝かせて笑みを浮かべた。その手には、城下で人気を集める菓子店の箱が握られている。
 彼の嬉しそうな姿に、アレキサンドラは申し訳なさそうに眉を下げた。指通りの良さそうな赤髪がさらさらと揺れている。

「グラナ? うーん、どうしよう……ボク、今から……」
「いいえ、陛下。グラナ様を優先してください。クッキーは夕食後のデザートにしましょう」
「そう? じゃあ頂こうかな」

 困惑していると、セレスがにやりと意味ありげに口角を上げる。その厚意に困ったように笑いながら彼女が頷くと、視線の先で嬉しそうな表情が綻んだ。
 じゃあ行こうか。エスコートするように手を取られると、背後で見守る視線が痛い。こういうのは慣れないが、見上げた先の彼が乙女のように朗らかな顔をしているので、強張った表情も少し溶けていった。
 グラナの部屋に着いた途端に、フローラルな空気が胸一杯に広がる。先に帰宅していた彼はすっかりお茶を楽しみにしていたらしい。先程の表情にも納得がいく。
 ローテーブルを挟んで向かい合うように座ると、彼は手慣れた様子で紅茶を注ぐ。白い陶器に満たされたそれは湯気立っていて、カモミールが穏やかに香り立つ。
 皿のタルトは宝石箱みたいにキラキラとベリーが乗せられており、散らされたシュガーは初雪のようだ。

「すごい可愛いね、これ!」
「でしょ! これ、人気でさ。僕もこういうの作れるようになりたいなあ……あれ、食べないの?」
「いや……えへへ、食べるのが勿体ないなあって思っちゃった」

 タルトを口にして彼が幸せそうに微笑むのを眺めてフォークを口に運ぶ。カスタードの甘みの次に甘酸っぱさが口中に広がって、思わずにやけてしまいそうだ。
 可愛らしい小さなポットでミルクを注ぐ。角砂糖を三つ入れてかき混ぜると、彼は紅茶を啜った。目を閉じて香りを堪能する姿はさながら物語のお姫様である。そんなことを考えながら、アレキサンドラは角砂糖を二つ入れた。

「……今日は大変だったみたいだね、父上から聞いたよ」
「まあね!」
「ああいうのは言いたいだけだからね。気にしないで良いよ」

 どきっとして彼女の身体が固まる。平静を装ってミルクティーを啜ったが、グラナが真っ直ぐ見つめてくるのでどうもぎこちなくなってしまう。味のしないミルクティーを飲み下し、笑って誤魔化す。

「ところで、今日も宰相の補佐かい? 十八で補佐ってすごいよね」
「まあ、補佐って言っても沢山いるけどね」
「さすが十五歳で王立大学を首席卒業しただけあるよねぇ」
「十歳で首席卒業したアレキがそれ言う〜?」

 軽い冗談を言って笑い合いながら、タルトを口に運ぶ。彼の端正な容姿でこんな風に微笑まれたら、女の子達は堪らないんだろうな。他愛ない会話をしながら、ぼんやりと別のことを考えていた。
 彫刻のような滑らかで白い肌は、どこか悩ましげな少女をより艶っぽく魅せる。あとちょっとで本当に彫刻みたいなんだけどなあ。笑いながら彼女の頰に指を伸ばす。

「ここ、クリームついてるよ」
「えっ」
「ほら……ってちょっと、そんなにびっくりしないでよ!」

 口の端に触れられて、思わず彼女はびくりと肩を震わせながら後退った。寧ろびっくりしたのはあちらも同じようで、困ったように苦笑する彼にアレキサンドラは目を逸らした。
 どうも慣れないのだ。彼が婚約者になって同じ屋根の下で暮らし始めてもう三年は経つのに、家族以外に近づかれるとどうしてか身体が固まってしまう。申し訳なさそうに笑って見せたが、一転今度はグラナが真剣な眼差しを向けてきた。

「……その、僕ら婚約してるしさ、そろそろ……もうちょっと距離を詰めてもいいと思うんだ」
「あ……ごめん、でもボク、まだそういうの分かんなくて」
「……アレキにさ、もっと僕のことを好きになってほしい」

 小さな手を包むように優しく握る。彼の澄んだ瞳は彼女の姿だけを映す。そんなに見つめられたら困ってしまう。どうしてもその「好き」が分からないのに。健気に声を掛けてくれる彼が可哀想に思えてしまうのだ。
 困惑する彼女を察したのか、グラナは優しく目を細める。手を離すと飲みかけのティーカップを口に運んだ。

「ま、焦らすつもりは無いよ。アレキのペースで進んで行ってくれたら良いからね」
「……グラナは大人だなあ、ボクも頑張らなきゃ」
「そう? アレキも十分大人だと思うけどね」

 ミルクティーを啜りながら、目の前の青年を見つめる。宰相の息子として議員見習いとして、将来の宰相として周囲の期待を背負う青年を見つめる。その期待が羨ましくもあった。
 タルトの最後の一口は、少ししょっぱいような気がした。大人になれない自分が惨めで、酷く醜いもののような気がして。


♦♦♦♦

 自室で少女は物思いに耽る。過去の議事録を広げその子細を目で追いながら只管ぶつぶつと呟く。もっと思考の幅を広くしなければ。
 全てを分かりたい――国のことも国民のことも、貴族のことも、全部。そうしたら……そうしなければ、「大人」になれない。「良い国王」になれない。
 ブロンドの細い髪がはらはらと落ちて肌に影を作る。紅い瞳が薄暗くくすんで、何かに怯えるように揺れる。今日のことを思い出した。あの瞬間のことが蘇ってきた。あの瞬間の声が、視線が、痛みが。

「……キ、……アレキ、おい」
「っや……ってなんだ、アルマかあ」
「あっぶな……」

 不意な誰かの声に振り返って思わず鋭いペン先を向けたそこには、アルマの姿があった。喉元に鋭利な先端を向けられた暗殺者は、狼狽えたように顔を青くする。
 二人が互いに安堵の表情を浮かべると、アレキサンドラは時計に目をやった。九を指す針に、自分が時間を忘れていたことに気づく。

「珍しいな、お前が俺に気づかないとか。疲れてるのか」
「あは、そうかもね! このままじゃキミに殺されてたかも」
「……なんか今日のアレキ」
「あっ、お茶忘れてた! 待ってね、今淹れるから」

 そちらこそ珍しいな、と思ってしまうような心配そうな表情をするものだから、思わず彼女は皮肉めいた冗談を零してしまった。不思議そうに眉を顰める彼の言葉を遮るように、無邪気な笑顔を作る。
 小さく詠唱文を唱えると、ティーポットに水が満たされ煮え立つ。水と炎のヨッド、加えて雷のヨッドを併せ持つ彼女は流れるような動きで茶の準備をするが、その横顔は何処か陰鬱さを感じさせる。
 明らかに普段とは違う少女の姿に戸惑いつつも、部屋を満たしていく華やかな香りに一先ずは期待を寄せることにした。満を持してティーカップに注がれたそれは、薔薇が咲き誇ったような芳香さを放つ。

「はい、今日はローズティー、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
「クッキーもあるけど食べる?」

 無言で頷いた彼の前にクッキーの入った器を置くと、彼は興味深そうにそれを眺める。おもちゃの宝箱みたいに可愛くて、様々に形の違うそれらは香ばしくバターを香らせる。
 渦巻き模様のクッキーを眺めて口に運ぶと、恐らくその美味しさに驚いたのだろうアルマの表情が変わるのが面白い。彼女はジャムの乗ったクッキーを摘みながらローズティーを啜った。
 見下ろした先の少女が普段より静かで、時折溜息を吐くのが気になってしまう。その儚げな横顔は耽美にも見える。薔薇の香りを味わいながら、彼はアレキサンドラにどう話しかけようかと戸惑っていた。

「……それで、その北方のウサギの見た目がすごくて……流石に本は買えなかったから、帰ってから描いてみたんだけど」
「うん……」

 元々友達が多いわけでもない上に長い間一人で過ごしてきた彼に、人付き合いの仕方など分かるはずもなかった。ティーカップを片付けていつものように談笑していたが、彼女はどうも何か考えているようで返ってくるのは生返事だ。
 その目は何処か遠くを見ている。心まで別の場所にあるような気さえする。

「これ。足が長くてさ、なんというか……可愛いんだけどアンバランスというか……おい、聞いてるか」
「……え、あ、美味しそうだね!」
「聞いてねーな」

 画帳の足長ウサギに返ってきた頓珍漢な答えに、アルマは呆れたように呟いた。えへへ、と笑うアレキサンドラが力無くて、呆れを通り越して心配してしまう。
 思考を支配する薄暗い感情に、彼女はぶんぶんと首を振った。彼といる時はいつだって楽しい気持ちでいたい。自分らしくもない。少年っぽく笑顔をアルマに向けたが、彼の優しい瞳で見つめられると何も言えなくなってしまう。

「何かあったのか」
「……えっと」

 喉の奥に言葉が支えて口籠る。言えるわけがない。情けなくて子供のようで、こんなに小さなこと、彼に呆れられてしまう。口角の引きつった曖昧な笑みはちぐはぐで、彼は視線を合わせるように上半身を屈める。
 広がる静寂の中、彼の前で何も言えない自分が恥ずかしくなる。アルマには知られたくない、嫌われたくない。けれど、彼の厚意を無駄にはしたくない。重い口を開いて、アレキサンドラは声を絞り出した。

「……『大人』になりたいんだ」
「? いや、お前は子供だろ」
「そうじゃなくて……ボクは子供だから大人の考えが分からなくて、だから……今すぐ、『大人』になりたい」

 彼の視線も言葉も、なんだか心に刺さる。自分でも何を言っているか分からなくて、彼女は頭がくらくらした。ぎゅっと手の甲を抓る。

「大人にならなきゃ、みんなが幸せになれないから……このままじゃダメなんだ。ね、どうしたら大人になれる?」
「どうしたらって……お前は今のままで十分……」
「ううん、ダメ。全然ダメ……全然足りない」

 次第に頭の中がはっきりしていくにつれて、今度は酷く気分が沈んできた。どうにか励まそうとしてくれるアルマの声も全く届かない。心の中で自己否定の声がして、彼女の心を蝕んでゆく。
 彼女の表情に陰りが見えて、彼は眉間に皺を寄せた。目の前の少女は卑弱で自信なさげで、いつもの軽口を叩く彼女とは思えない。
 それは皮肉なことに、唯の子供のように見えた。

「だからさ、何をすれば大人になるか教えて欲しい……アルマ、ボクを大人にしてよ!」
「お……お前、そういうこと他の奴に言うなよ……誤解されるぞ」
「何が?」

 そのうちに頭に熱が上がってくる。やり場のない感情が溢れて止まらなくなる。怒りとも悲しみとも似つかない感情に支配されて、居てもたってもいられずにアレキサンドラは立ち上がった。
 自信なさげに弱かった彼女の声が徐々に大きくなる。彼女は何かに追い立てられるかのように、切羽詰まっているかのように苦しげな顔をしていた。
 その時、不意に彼は気づいた。

「お前……その手、どうした」
「いや、違、これは、ボクが、ボクが弱いから……」

 アレキサンドラの手の甲の赤い痣。それに爪を立てる彼女。アルマは訝しげに目を細める。手を取ろうと伸ばした手は払い退けられた。怯えたような目の焦点が定まらない。
 彼が立ち上がり近付いてくるので、彼女は左手を隠してじりじりと後退りした。もうこれ以上見ないで欲しい、知らないで欲しい。弱い自分を、みっともない自分を。彼に見られていることで、認めたくも無い自分の感情がどんどん表に出てきてしまうのだ。
 そう思っても既に手遅れ、もう歯止めは効かなかった。

「大体……ボクは才能無いんだよ! 『凡人』のボクは毎日頑張って勉強して、死ぬほど努力して、努力して努力して……そうしてボクがやっとできることが、王様にとっては『当然』できることなんだ」

 どんどんヒートアップして、自分が分からなくなってゆく。彼女は表情を歪めた。

「皆はそれを当然のように享受するし、なんならもっと上を期待する……だから、それを下回ったら失望する。溜息をつく。こんなに頑張ってるボクを馬鹿にする!」

 こんなこと、言いたくないのに。みっともなくて恥ずかしいのに。

「皆はボクがこんなに努力してることなんて知らないだろうね! だって当然だから! 何も知らないクセに、ボクのことを『天才』って……楽にこの仕事をこなしてるって!」

 きっと、酷い顔をしているだろう。

「だからボクはもっと努力しなきゃいけない、大人にならなきゃ、許されない! 良い王様にならなきゃ……ボクは、ボクは……!」
「……そんなこと無いだろ、お前は十分良い国王だよ」
「うるさい!!」

 思わず大きな声が出た。目の前の驚いたような、悲しいような顔をしているの彼に、彼女は自身の血の気が引いていくのが分かった。

「アルマに何が分かるんだよ!!」

 こんなことがしたいんじゃなかった。もっと楽しい話がしたかった。こんなはずじゃ無いのに。
 何も上手くいかない。全部上手くいかない。どうして、どうしてこんなことに?

「何も、何も知らないくせに!!」
「知ってるから言ってるんだよ!」

 その一瞬、彼女は声を出すことができなかった。強く引き寄せられると、彼の腕に身体が包まれる。ぎゅう、と抱き締めてくるそれは優しくて苦しくて、胸を押して抵抗した。

「や、だ……アルマ、ボクは……っ!」
「……この国に来て、城下町を歩いて、びっくりしたんだ」

 その抵抗をねじ伏せるように、更に強く抱き締められる。次第に彼の体温と鼓動が伝わってきて、彼女は自分の鼓動が速くなるのが分かった。

「俺のいた国は、平和ではあったけど国王がダメで……いくら国が豊かでもそれは金持ちだけ。城下を歩いてたら、皆苦しそうな、辛そうな顔をしてた」
「……」
「だからこそ、この国に驚いたんだ。城下の人々が皆笑顔で幸せそうで……心底良い国なんだって実感した」

 頭の上から降ってくる優しい声に、心が溶かされてゆく。彼からは優しい石鹸の香りがした。何処か懐かしくて、段々と呼吸も落ち着いていく。

「それに、いつもアレキの机は本でいっぱいだろ。いつもそうやって色んな事を考えてきたんだな」
「……っ」
「だから、アレキはすごいよ。すごい良い国王だと思う。こんなに小さいのに皆のことを考えて、皆が幸せになれるよう努力して……まあ俺が言うのも何様だって感じだけど……よく頑張ってるな……」

 柔らかく髪を撫でられると、胸の中がじんわりと温かくなるのを感じた。心地良くて嬉しくて、感情の波が押し寄せてくる。
 真っ直ぐに見てくれる人がいた。弱くて子供で情けない自分を、許してくれる人がいた。彼が頭を撫でる手は手袋越しでも温かくて、気持ち良くてもっとしてそうしていて欲しい。

「アレキ、今日もお疲れ様。よく頑張ったな」

 少女の叫びを聞いて、酷く哀しくなった。とても愛おしくなった。どうすれば良いか分からなかったから、咄嗟にこうしていた。
 生まれた時から王様になるべきで、そうしない選択肢も拒否権も無いまま、知らないままに育ってしまった唯の子供。生まれた時から苦痛を背負うことを拒めなかった子供。大人になり切れない、中途半端な子供。彼女の我が儘も笑顔も軽口も、彼女の中の「子供」の唯一の逃げ場だったのだ。
 彼の言葉に、アレキサンドラは思わず彼の胸に顔を押しつけた。きっと今の顔は見られたくない。そんな彼女を、また彼は強く抱き締めてゆるゆると撫でる。
 腕の中で大人しくなった少女を愛おしそうに見つめる。ブロンドの細い髪は赤子のようで、指の間からするすると落ちてゆく。

「……ボクのこと、『温かな人々に囲まれ大切に育てられた子供』って……あいつら……」
「うん……」
「普通の家で普通に育ったクセに……何一つ、普通でいられなかった、ボクの事を、偉そうに……」
「うん、うん……」

 彼女が喉を震わせながら小さく呟くそれを、彼は聞いていてくれた。ずっと撫でていてくれた。まるで母親が子供にするように抱き締めてくれた。彼女は彼の服をぎゅっと強く握りしめる。

「皆の前ではいい顔して……ボクを庇うくせに、ボクのいないところで悪口言うの……一番むかつく……」
「あー……わかる」

 静かな部屋に、ゆったりとした時間が流れていく。沢山話をした。その全てを包むような彼の言葉に、何かが芽吹くような気がした。感じたことの無いような思いが胸で支えて苦しい。この気持ちを表現する言葉が自分の中に見当たらない。
 ゆっくりと顔を上げて彼の顔を見つめる。少し恥ずかしいのか、若干困ったように笑う彼を見ていると、思わず支えていたそれが声に出た。

「……好きなんだ、アルマのこと」
「…………は?」
「そっか、これは……好きって事なんだ!」

 衝動に身を任せて背伸びをすると、彼女は目を輝かせて彼に迫る。腕を離した彼が後退りするものだから、その顔を下から覗き込んだ。
 愛おしさが溢れてその言葉を何度も繰り返す。彼が微かに頬を赤く染めるのが可愛くて嬉しくて、彼女は柔らかな笑みを浮かべた。
 すっかり元気になったのは良いが元気になりすぎだ。安堵した矢先の彼女の告白に心臓の音が大きくなる。顔が熱くなるのが分かって、アルマは彼女に背を向けた。

「ボク今、すごいキミのこと好きだなって……ね、これって恋? そうなのかなあ」
「……多分それは恋じゃ無くて「好意」、だろ」
「そっか……でも、誰かをこんなに好きって思ったの、初めてだなあ!」

 どうしても顔を見ようとして回り込んでくる彼女から逃げる。結局逃れられずに見上げてくる彼女は満面の笑みで、彼は微妙な顔をした。
 初めての感情を噛み締めると嬉しくて、じっとしてはいられない。誰かを好きになるのがこんなに幸せだなんて、観念したかのように諦めの目を向けてくる彼すら愛おしい。きっと自分はずっと前からアルマを好きだったのだ。

「ねえ、アルマは? アルマはボクの事好き?」
「な……」
「教えてよ、ねえねえ!」

 最早先程の面影すら見当たらないアレキサンドラに、彼は喜べば良いのか腹を立てれば良いのかも分からない。自分の周りをぴょんこぴょんこと跳ねるのは仔犬のようで、短いしっぽが暴れるのが見える。
 自分の気持ちを誤魔化すように頭に手を置くと、大人しくなった彼女がふにゃり、と表情を緩める。そんな彼女を愛おしそうに、優しく目を細めた。

「……まあなんであれ、元気になったんなら良かった」
「えへへ」
「じゃ、また来るから」

 惜しい別れの時間がやって来る。寂しそうに笑う彼女に背を向けると、彼は窓に足を掛けた。
 ずっとこの時間が続けば良いと思った。それくらいに幸せで、愛しくて優しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。その後ろ姿に、堪らず彼女は声を上げた。

「アルマ! ボク、アルマのこと好きだからね!」

 彼の驚いた顔に、彼女はしてやったとばかりの笑みを浮かべる。呆れたように微笑んで去って行く彼の背中を目で追いながら、彼女は胸をぎゅう、と押さえる。
 彼の温もりを、低めの声を、撫でる手の優しさを思い出して胸が高鳴る。幸せの余韻を噛み締めながら、彼女はベッドに寝そべった。

「……好きだなあ」

 一人でそう呟いて、目を瞑った。


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[2018/11/17 23:21] | ダイヤモンド・ライト | トラックバック(0) | コメント(0)
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