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トキワ、シュウマツドリ
創作置き場
視る者と観る者
拝啓、これから友達になる君達へ。
いつか、あの子に言われた言葉を思い出した。

一人が寂しいのなら、友達を作れば良いじゃない。もし貴方が寂しいなら、私が友達になってあげる。

あの子は、友達を作れというけれど、僕にはそれが出来ない。友達を作っても、彼らはいつかは目の前から消えてしまう。一人で寂しいのは変わらない。

あの子は、僕の友達になると言うけれど、あの子は僕の友達にはなれない。君も、彼等と同じように消えてしまう。ずっと、一人で寂しいのは変わらない。
だから、僕は友達を「創ること」にしたんだ。

僕の手は、この全てを産み出す手は、友達を産み出すことだってできる。なんで今まで気づかなかったんだろうね。

とは言っても、僕は人間の「心」までは創れない。心は、僕の産み出した「世界」が生成した副産物であり、その創り方を、僕は知らない。

だから、君達は、それを「世界」の中で知って欲しいんだ。
君達に、僕の力を、三つ、分けてあげよう。

一つは、知る力。「世界」を、余りに強烈で鮮明な色を、見て、聞いて、触れて、味わって、感じて欲しい。僕が在るこの世界を、知って欲しい。

一つは、考える力。君達が知ったものを、考えて、君達のものにして欲しい。それは、きっと君達の感覚を、繊細にしてくれる。

最後に、ちょっとした勇気を。「世界」を愛する勇気を、君達にあげよう。本当に愛すべきものを、ちゃんと愛せる勇気を。
そして、僕を導いて欲しい。まだ、「世界」を知ってもいない君達に言うのも、変かもしれないけれど。

僕一人では、この強烈で鮮明な色彩に、目を開けている事も苦しい。この繊細な心は、余りに脆過ぎる。

だから、僕と同じ世界に在って欲しい。何度繰り返したとしても、僕の隣に寄り添って欲しい。
……そうだなあ、君達に名前をあげよう。ちょっと"お母さん"みたいかなあ。名前は、存在を確かにしてくれるものだから。僕が「ブラオ・トレーネ」として、此処に存在するように。

僕の行く末を、見守る君は、視る者。僕の近くに、確かに居る君は、観る者。

何の捻りも無い名前だけど、僕は生憎ネーミングセンスとやらが最悪なんだ。

僕からあげられるのは、これだけ。
最後になるけれど、これは僕からのお願い。

僕の自分勝手だし、都合の良いお願いかもしれないけれど、聞いてくれると嬉しいな。

少し恥ずかしいけれど、僕の小さな勇気。
どうか、僕と友達になってくれないかい? 
四億二万五千三十二回目の僕より。
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[2016/04/23 00:40] | 終末の話 | トラックバック(0) | コメント(0)
新・宇宙創造論


世界の外には、何が在るのか。
ある者は、天国だと言い、ある者は、果てのない空だと語り、ある者は、宇宙だと論ずる。
彼らにとっての「世界」とは、果たして何なのだろうか。それは、自らが生きる領域であるのか、生活を営む場所であるのか、虚空に浮かぶ星であるのか……。
彼らは「世界の外」に、夢を見出すのだ。楽園を、地獄を、居場所を、見出すのだ。失せた者が、そこに居る様に、存在の消滅を否定するかの様に、捉えるのだ。
彼らは、消え入ることが恐ろしいのだ。だからこそ、彼らの創り上げた「天上」で、永遠に消えることなく、存在し続けたいと思うのだ。
彼らの言う「世界の外」とは、ただの空想に過ぎない。本当に「世界の外」を見たという者など、存在しない。それは、不可能なのだ。
「世界の外」には、何が在るのか。そもそも、世界に果てなどあるのだろうか。
その問いに答えられるのは、「世界」のみなのである。

『監察者の手記 より』

******


宇宙の生まれる前には、空間はおろか、時間も存在していない。
余りに美しい響きに、少年は心を奪われた。分厚い本に刻まれた文字を、何度も指でなぞり、頭の中で咀嚼する。
単純で、それでいて難解なその言葉は、少年を魅了するには十分な程に可能性を秘めていた。
空間が存在しない?時間が存在しない? それって一体、どういう事なのだろう。
過去も、現実も、未来も無い、無の世界。頭痛がする程に難しい問いに、彼は頭を抱えた。その痛みすら愛おしい程に、爽快な気分だ。
彼は、宇宙の起源を見たいと思った。誰も遡れない、猛スピードで流れるその瞬間を、目にしたいと思った。
そして、宇宙の終焉と、自らの運命を共にしたいと思った。美しい終末を、この目に焼き付けたい。

「ぼくは、宇宙のはじまりの研究者になる」

幼い少年は、夢を見た。純粋に、ただ一心に、彼は夢見ていただけだった。

******


小難しそうな、分厚い本を片手に、レーゲンは木陰で涼んでいた。吹き抜ける夏風が、草の匂いを運んで、彼は少し表情を緩めた。
そうはいうものの、七月の午後三時は決して涼しいとは言い難い。薄っすらと額に滲む汗を、忌々しそうに拭う。
遠くから、子供たちの騒ぐ声。彼と同じ年頃の少年らなら、この時期は森で虫や動物やらを狩ったりするのだろう。そういう意味では、彼は他の少年と少し違っていた。
耳障りな声に眉をしかめつつ、ページを捲る。2,3ページ読み進めたところで、彼は近づいてくる足音に、顔を上げた。

「おまたせ、レーゲン。ちょっと用が長引いた」
「遅いよ」

息を切らしてやってきたのは、彼の唯一の友人ともいえる少年・イブキ。切り揃えられた前髪に隠れた鋭い目は、蛇の如く、睨まれるとゾッとするものがある。
彼は異国からの移住者らしく、丁度一年ほど前にこの学校へやって来た、レーゲンより一つ年下の少年だ。
彼を見るなり、レーゲンは立ち上がって歩き出した。相変わらず、片手には分厚い本を持ったままだ。イブキは少々つまらなさそうに、その後をついて歩く。
こう、彼の難解な性格を理解し、好き好んで傍に居ようとする者は、殆ど居ない。というか、イブキくらいであろう。
教室では、いつだって難しい方程式とにらめっこ。授業だってまともに聞かずに、読書に耽る。それでいて、他人に興味がない。そんな彼を、他の子供たちは「怪物」と呼ぶのだ。

「で、レーゲン、何処に向かってんのさ」
「イブキの家」
「えっ、なんでだよ」
「イブキの家、静かだし、お祖母さんのラズベリーパイ、美味しいから」

イブキの問いに、彼は本から目を離さずに答える。ぴくりとも眉を動かさず、表情は固まっているかの如く動かない。
イブキに拒否する権利など無いのだ。後ろ姿で、そう語っている。彼は、溜息をついた。誰をも圧倒するような、自分のペースに巻き込んでしまうような一面を、彼は持っている。
そんな一面が、意外に心地よい事を、イブキは知っている。彼もまた、レーゲンと同じ、他の少年らとは少し違っているのだろう。
草の蒸し返す匂いに混じって、甘い香りが漂ってくる。砂糖とラズベリーの、嗅ぎ慣れた幸せの香り。
レーゲンは本を閉じ、それを思い切り吸い込んだ。焼きたての、ラズベリーパイの匂いだ。

「そういや、レーゲンはどう思った?あの女の子の事」
「えっと……誰」
「また本読んでたろ……転校生だよ、転校生」

ラズベリーパイを頬張りながら、レーゲンは間抜けな返事をした。イブキは呆れたように、砂糖たっぷりのミルクティーを啜る。
転校生の少女。彼が言うには、その美しさに他の少年は勿論、少女までも目を奪われたらしい。
黒いロングヘアに、常盤色の瞳。高貴そうな衣服を身に纏った彼女の周りには、すぐに人だかりができていた。
イブキですら、一瞬惹きつけられた程だ。存在感は圧倒的だったはずだ。
だが、レーゲンにとって、彼女は「関係のないもの」である。如何にも興味無い、といった様子だ。
そんな彼を見ながら、イブキは少し少年っぽく笑って見せた。隠しているものを、今から披露するような、トキメキを携えた瞳だ。

「あいつ、めちゃくちゃレーゲンのこと見てたよ」
「……はあ」
「これでも興味無いの?」

予想外の言葉に、レーゲンは少し驚いて、イブキの瞳を覗き込んだ。そして、口の中のラズベリーパイを飲み込んでから、困ったように言葉を漏らす。
楽しそうなイブキには申し訳ないが、どう返したら良いか分からない。興味が無いわけでは、無いのだけれど。
むしろ、逆だ。彼は、少し彼女に興味がある。自分のような存在に、「怪物」に、何故そんなにも注目したのか。
色々と考えて、彼は考えるのをやめた。今更、人と関わろうとするのは、無意味だ。今まで、孤独を選んできた自分に、そんな選択肢は無い。
自分には、方程式に向かっている方が似合っている。否、そう在るべきなのだ。
また気難しい顔に戻った彼を、イブキは不満そうに見つめる。視線の先の彼は、相変わらずゾッとする程美しい。
整った顔。微かに紅潮した頬。白い肌に長い睫毛が影を落とす。ぞくりとする程、深い青の瞳。それは、まるで人では無い「怪物」のようで。
イブキは、唇に乗ったラズベリージャムを、ぺろりと舐め取った。



翌日、それは唐突な展開だった。
ふと、レーゲンは目を見張った。はて、目の前に居る少女は、一体何をしているのだろうか。彼女が一心に見つめる先は、紺色の表紙に銀で刻まれた文字。
『宇宙創造論』。子供が手にするには、難しすぎるその本に、熱い視線が注がれている。
レーゲンは、平然を装ってはいたが、困惑していた。彼女は、一体何がしたいのだろう。子供に似つかわないこの本を、蔑むのだろうか。
イブキの冷ややかな、それでいて何処か期待の込められた視線を感じながら、彼はどうする事も出来なかった。術を、知らなかった。
先に動いたのは、少女の方だった。

「その本、持ってるの」
「え……っと」
「君も、天文学、好きなんだ!」

少女の顔が近づく。常盤の瞳が、逃げ場を封じるように覗きこんでくる。レーゲンは口籠った。こういう時、どういう言葉を返したらいいのか、彼は知らなかった。
その目は、軽蔑でも、好奇でもなければ、嫌悪でもない。幼い、純粋な光だ。淡いけれど、優しい、暖かい光。
何も答えられずにいる彼に、少女は何か気付いたように顔を離した。そして、優しく微笑みかけた。

「えっと、名前言ってなかったね。私、ヴェレ!ヴェレ=アルトマン!君は?」
「……レーゲン=メルケル」
「レーゲン!よろしくね!良かったあ、同じ趣味の友達ができて……」

ヴェレは、嬉しそうにほっと一息ついている。レーゲンの困惑など、知る由も無い。彼女は、余りにも透明で、純粋なのだ。
友達。彼は、新たな感覚を覚えた。イブキに対するそれに似ていて、だが、新鮮だった。
彼女があまりにも、自分とかけ離れた存在だったから?似た匂いを感じなかったから?
理由は分からずとも、彼は興味を持った。この、新鮮な感覚に。
一つ、質問をしてみたいと思った。

「君は、宇宙のはじまりに、何があると思う?」


******

イブキは、膨れていた。蛇のような目つきの悪い目を、更に鋭くさせて、頬を膨らませて。
実に複雑な気持ちだ。自分から興味を促しておいて、皮肉な結果だとは思うのだが。
隣で交わされる会話を聞きながら、彼は少し不機嫌な顔をした。なんだか、自分だけ除け者のように感じてしまう。
当の本人達は、彼のことなど考える暇もないようだ。まるで、二人だけの言語で、二人だけの世界のよう。イブキは、ただ見ている事しかできなかった。

「この前、スローン・グレート・ウォールが発見された記事は読んだ?」
「勿論。でも宇宙の観測にはやっぱり限度がある。いつまで経っても、はじまりには辿り着けない」
「そうだよねえ」
「まあ、今の技術での話だけどね」

二人とも、随分楽しそうだ。(レーゲンはいつも通りの無表情だが。)尤も、レーゲンがこんなにも喋ったのは、幼少期ぶりである。
イブキと二人でいる時ですら、読書しかしない二人の空間は静かであるし、彼らの読書はジャンルが違うため、会話は起こらない。
それが少し、イブキには複雑だった。多分、ヤキモチとかそういう類のものなのだろう。
彼は、レーゲンが好きであったし、尊敬もしていた。なんだか、突然ヴェレに取られたみたいじゃないか。
余りに自分だけ仲間外れにされるので、彼はとうとう、子供のように文句を言い始めた。

「もー、あのさー、二人してつまんないんだけど!僕にも分かる話してよ」
「いや、お前の知識に合わせてたら、僕らがつまんない」
「あっ、ごめんねえ、つい夢中になっちゃって」
「……ホラ、例えば、どうして宇宙が好きなのか、とか」

ヴェレが困った顔をするので、イブキはなんだか申し訳なくなった。どうにかして、話題を切り替えさせる。
自分の子供っぽさに呆れてしまう。恥ずかしさに、少し頬を赤くして、俯いた。こういう時、レーゲンは大人だなあ、と彼はしみじみ感じるのだ。
ヴェレは、レーゲンと顔を見合わせる。彼はどうやら、自分が話すつもりは無いらしい。少し考えて、彼女は話し始めた。

「私の弟、五年前に死んだの」

死んだ人は、星になるという。そして、いつでも天から見守っているのだ。そんな話を、祖母から聞いた。
弟は、星になったの。遥か遠く、宇宙の果て、そこで、私を見守っているの。
幼い彼女は、そう信じ込んでいた。そして、彼女は弟に会いに行きたいと思った。
見守られているだけじゃ、足りないの。私は、大好きな、大切な弟の所に行きたい。
ベッドで寝ているだけで、外で遊ぶ事も無かった。草の上を駆け巡る事も無かった。真夏の草の匂いを、嗅ぐ事も無かった。
一緒に遊んだのは、ベッドの上での人形遊びだけ。そんなの、悲しすぎるじゃないか。だから、彼を迎えに行ってやるのだ。
それは、幼い少女の小さな決心であったが、紛れも無く、彼女のきっかけであった。

話し終えると、ヴェレは小さく息をつき、また微笑んだ。何とも言えぬ顔で、二人は彼女を見つめる。
申し訳なさそうに眉を下げながら、それでも何とかして微笑もうとする、笑顔とも困り顔とも言えぬ、微妙な表情。
誰も何も言えず、広がる沈黙。気まずさに、聞くきっかけとなったイブキも、戸惑うばかり。
やがて、さすがに耐え難かったか、沈黙を破って、ヴェレは再び言葉を紡ぎ出した。

「ごめんね、変な話しちゃって」
「いや、ごめん……僕も事情も知らずに無理矢理聞いちゃって」
「いいのいいの!むしろ聞いてくれて、有難いくらい」

あまり、この空気は好きではない。レーゲンは、率直にそう思った。二人とも、困り顔だ。
自分も、何か言おうか。そう考えたが、名案など浮かばない。多分、慰めの言葉なんて、使った事が無かったからだ。
ただ、素っ頓狂な事が頭を過った。特に、この事とは関係ないし、本当に、今思いついた事だったが、どうしても言いたかった。
二人の困り顔が、更に困るのも承知の上だ。言わずには居られない。

「二人とも」
「な、なあに」
「僕の家に来てよ。面白いもの、見れるから」

余りにも調子はずれな彼の言葉に、予想通り二人は、困ったような、微妙な顔をした。


イブキは、心外だった。あのレーゲンが、家に人を呼ぶという。
あんなに頑なに、自分の家に人を入れる事を拒む彼が、一体どうしてしまったのか。
何度頼んでみても、自分すら入る事を許してもらえなかったというのに。
彼はいつも、「自室は汚いから人を入れたくない」などと言い訳して、結局イブキの家でいつも読書するのだ。
ここでも、ヴェレの影響力を認めざるを得ない。やはり、レーゲンは彼女に特別な思いを抱いているに違いない。それがどんな感情なのかは、彼の表情からは読み取れないが。
彼はふと、立ち止まった。黄昏の燃える様な橙が、暖かな黄金色の光で全てを包む。少し、彼の事を、見守ってみなければならないな
良くも悪くも、彼の変わっていく様を、見届けてあげなければならないな。
橙が、徐々に深い藍に変わっていく。彼は再び、歩みを始めた。


レーゲンの家に行く、というのは、所謂お泊りの事だった。彼が二人を家に招いたのは、夜になってからだ。
家の中から顔を出した彼は、何処か気まずそうな、複雑な表情をしている。どうやら、家にいる母が原因のようだ。
それもそうだ。彼が初めて家に友達を招いた事に、彼の母親は随分嬉しそうだ。大歓迎の様子で、焼きたてのシフォンケーキを振舞ってくれる。
それがどうも恥ずかしいようで、レーゲンは二人の手を引くと、足早に部屋の前に逃げていった。
彼は、部屋の前で一度振り返り、彼らの顔を一度見てから、ドアノブに手をかけた。それは、かえって彼らの期待を煽る。
がちゃり、と音を立てて、ゆっくりと開かれたそこには、夢が広がっていた。

「……な、何これ!?すごい……すごいね!」
「まあね。全部、父さんがくれたやつだけど」

望遠鏡、星座表、積み上げられた、数々の天体観測器具。本棚には、所狭しと突っ込まれた天文学の書。
ヴェレにとっては、まさに夢の世界であった。部屋はランプの明かり一つで、仄暗かったが、彼女には、きっときらきらと輝いて見えただろう。
広がる光景に、思わずイブキも息を呑んだ。ここは、レーゲンの夢そのものであった。彼は、ただのちょっと勉強が好きな美少年では無い。
驚くほどの執着心、それ以外のものは目に入らない程の集中力、そして、果ての無い向上心。圧巻される。彼の世界に、呑みこまれてしまいそうな、鮮烈な驚きだ。

「レーゲン、君ってすごいんだね……」
「……本当に見せたいのは、これじゃないよ」

レーゲンはそう言うと、ランプの明かりを消した。途端、世界は真っ暗になったと思えば、二人はベッドに押し倒された。
状況が呑み込めずに、困惑する彼らを余所に、彼は天上へ掛かった梯子を登っていく。かたかたという音しか、二人には分からない。
レーゲンは、ただ静かに梯子の上で何かをしている。変にざわつく胸の奥で、イブキの心臓は少し早く拍動する。
やがて、天上の軋む音と、重たいものが動く音がしたかと思えば、彼らの目に飛び込んできたのは、予想もしないものだった。

「……わあ!」
「レーゲン……君は、やっぱり……すごいや」

満天の星空が広がっていた。数え切れないほどの輝きが、天井に、広がっていた。
わし座のアルタイル、こと座のベガ、さそり座のアンタレス、はくちょう座のデネブ。いて座にへび座、かんむり座。ヴェレは、夢中で指差している。
レーゲンは、梯子から降りると、二人に並んで、ベッドに横になった。その表情は、いつもより何処か穏やかで、それでいて儚げに美しい。
彼の父親は、彼の部屋の天井に、細工をしたのだ。天上の引き戸を動かすことによって、ガラス越しにいつだって、夜空を眺められるように。
その日から、毎晩彼は星空を眺め、一人きりの寂しさなど知らぬまま、夜を星と過ごした。それは、一人きりの、特権だった。

「……死んだ人は、星にはならないよ」
「えっ?」

彼は、唐突に、そう言った。夜空のように暗い碧眼は、幾億の星を映して、星空のようにも見える。
驚いて彼の方を見るヴェレに、顔を向けないまま、天井を眺めたまま、少し黙っていた。
不可解そうな顔をする彼女に、暫く口籠っていたレーゲンは、やっとのことで口を開いた。酷く悲しそうで、切なく表情を歪ませながら、彼は絞り出すように、声を発した。

「だって、寂しいよ。あの星は、何万光年も離れてるんだ。大切な人が、そんなに遠くに居るなんて、寂しすぎるじゃないか」
「……レーゲン」
「君の弟も、僕の父さんも……もっと近くに居るよ。手だって届く、天の上に、ね」

柔らかな微笑みを浮かべると、優しく、彼は目を閉じた。
彼の微笑みを、初めて見た。それは、優しくて温かい、人間味のある表情だった。ヴェレは、天井に手を伸ばす。
掴めそうで、到底掴めないのだろうなあ、あの星は。遠すぎる。それに、物凄い速さで遠ざかっていくのだから。
でも、追いたいものは変わらない。いつか、星に辿り着いて、彼に自慢してやりたいのだ。星は、手が届くのだ、と。
そして、彼に言ってやりたいのだ。星だって届くのだ、弟の元に行くなんて、簡単なのだ、と。

「そうね、きっと、会いに行けるわ」

彼らはその夜、一晩中星空を眺めた。疲れ切って、気付けば眠りに落ちたのは、もう朝焼けの黄金色が照らす、早朝であった。


******


流星群を観よう。
そう提案したのは、レーゲンだった。
夏も中盤に差し掛かり、暑さは更に増して、草の蒸し返す匂いが、鬱陶しいくらいに香る日々。インドア派代表である彼は、毎日机の上でぐったりしている。
そんな彼が提案した、曰く、この夏唯一の涼。(実際は涼しくなれるとは思えないが。)
明日の晩、アーテムの丘に集合する。勿論、イブキは強制参加だ。彼が有無を言う間もない。
一方、ヴェレに対しては、彼も優しく、イブキは文句を言い散らしていた。その様子を見ながら、彼女もまた、一緒になって笑っていた。

この頃、レーゲンは穏やかになったと、イブキは思う。人間らしい表情を、見せるようになったのだ。
くすくすと笑う顔。自分を弄る時に見せる、ちょっと意地悪な笑み。雨の日、空を眺めながら少し残念そうに眉を下げる顔。
きっかけは、紛れも無い、ヴェレだ。彼女と居る時の彼が、普段と明確に違っているのを、最近やっと気付いた。
彼は、なんとなく分かってしまった。あの穏やかな笑みが、どうして彼女に向けられているのか。
何はともあれ、急がなければならない。明日までに、時間が無いのだ。

「ごめん、イブキ。遅くなった」
「遅いよ」

本を抱えて歩いてきたレーゲンに、彼は少し強張った顔で答える。どうやら、彼はすぐにイブキの異変に気がついたようで、不審そうに眉をしかめた。
夕暮の光は、赤に近い橙で、イブキで隠れた太陽の眩しさに、彼を直視できない。
見えなくても、分かった。今日のイブキは、ヘンだ。いつもの、文句混じりに笑う声色が、今日は酷く落ち着いている。

「イブキ、何か隠してる」
「レーゲン、君、ヴェレの事、好きだろ?」

呆然。レーゲンは、目を見開いてイブキを見た。彼は、全く同時で居ない様子で、自分を見つめている。
好き。繰り返し、頭の中で、彼はその言葉を繰り返してみる。確かに、ヴェレの事は好きだ。イブキの事も、まあ好きだし、それの何が可笑しいのだろうか。
いや、違う。ヴェレへの好きと、イブキへのそれは、何か違う。多分、俗に言う、「恋」である。
だからって、何が変わるのだろうか。今の心地よい関係は、ずっと続くし、イブキだって、それで良い筈だ。
レーゲンは、イブキをいつもの真っ直ぐな視線で、見つめ返す。それに含まれた、疑問と不信感が、突き刺さるように、彼は感じた。
彼は、表情を歪めた。苦しそうに、泣き出しそうに、彼を見据える。

「伝えなきゃ、それを」
「どうして?今のままで、気持ちいいなら、それで良いだろ」
「伝える機会を逃したら?もし、明日、彼女が居なくなったら?もし……」

そこまで言って、彼は言葉を詰まらせた。真っ直ぐに紡がれたその言葉に、レーゲンの胸の奥は、ざわざわと騒ぎたてる。
イブキが何を伝えたいのかは、分からない。何か大変なものを、伝えようとしているのは、なんとなく分かるのだが。
彼は、精一杯息を吸い込んだ。どうか、この言葉が、伝わりますよう。その目は、曇りない瞳だった。

「もし、明日世界が終わったら、伝えなきゃ、早く」


翌日、イブキは初めて、レーゲンとの約束を破った。


******


アーテムの丘には、人影が二つあった。一つはレーゲンと、もう一つはヴェレ。イブキは、気を利かせて、敢えて来なかったのだろうか。
ここは、レーゲンしか知らないであろう、絶好の天体観測ポイントだった。でも、今日は大掛かりな望遠鏡は要らない。必要なのは、二つの瞳だけだ。
辺りはすっかり暗くなっている。小さなランプを灯し、後は流れるのを待つだけだ。
実は、彼にはこの流星群に、思い出があった。幼い頃、天文学者の父と初めて見たのが、この流星群。その、美しく、それでいて何処か恐ろしいその光景は、彼の心に焼き付いている。
それから、毎年ここへ観測に来ているが、その時程素晴らしい光景は、今のところ見られていない。
何故だか、今年は、より一層素晴らしいものが見られる気がするのだ。顔には出ないが、彼の心は弾んでいた。

「そろそろかな」
「午後11時58分。そろそろ流れ始める頃だよ」

二人は、空を見上げる。澄み切った空には、雲ひとつない。ただひたすら、群青の星空が広がっているだけだ。
ふと、昨日イブキに言われた言葉を思い出す。伝えなきゃ、早く。結局、何が言いたかったのか、よく分からなかった。
世界の終わりなんて、来るのかどうかも分からない。それに、宇宙の始まりを知る前に、世界の終わりが来るなんて、たまったものじゃない。
でも、伝えなきゃならない。昨日の言葉は、彼を後押しした。

「あのさ。ちょっと良い?えっと」
「あっ!見て!」

彼の言葉が丁度遮られた時。一筋の光が、空を流れた。
二つ、三つ、四つ。まるで、本当に星が落ちていくように、滑るように流れていく。二人は、一瞬でその光景に夢中になった。
願い事をする間など無い程に、それは美しかった。でも、やっぱり何処か恐ろしい。本当に星が降ってきたら、なんて考えてしまう。
やがて、星は数え切れないほど、降り始めた。それは、まるで、雨のように。涙のように。
二人とも、目を見開いて、その感動に言葉を失った。かつて、父と観た光景に、勝るとも劣らない。

「……レーゲン、ありがとう。私、楽しかったよ。とっても、幸せだった」
「楽しかったって……きっと、これからもずっと、楽しいよ。お別れみたいな事、言わないでよ」
「ふふ、そうだよね。私、ちょっと変だね」

ヴェレが笑うと、レーゲンも笑った。珍しく、彼は声を出して笑った。とても、幸せな時間だった。
流星は、流れていく。まるで、世界が落ちていくように、崩れていくように、流れていく。
幸せなのに、何故だか彼は悲しいのだ。幸せな時間は、これからも続いて行く筈のものであるのに。
彼女は、また可笑しそうに笑いながら、彼に言った。

「こんなに綺麗なのに、どうして泣いてるの?」
「……っ」
「ありがとう、私、貴方に会えてよかった」
「……ヴェレ、僕は、君が好きだったよ。きっと、これからも、ずっと」

彼は、言った。何故だか、泣いていた。
彼女の可笑しそうな笑い声が、聞こえたような気がした。
隣には、もう彼女はいなかった。星屑のように、崩れて、流れて、消えていた。
丘には、一つの人影しかなかった。


「……流星群だってのに、傘もささずにこんなところに居たら、星に降られるよ」

突然、視界に入る黄色い傘に、彼は目の前にいる少年を見た。ああ、今なら彼の言っていた意味が分かる。どうしてあんなにも、彼が悲しそうな顔をしていたのか、分かる。
目の前の彼も、随分悲しそうだ。悲しそうに微笑んで、座り込んだレーゲンを見下ろしている。
イブキは、彼に尋ねた。いつもより、何倍も優しい声色が、酷く切なく感じられた。

「伝えられた?気持ちは」
「……うん、まあまあかな」
「そっか。なら、次こそは上手くいくといいね」

世界が、崩れていく。空も星も皆落ちて、生き物は皆星屑になって、何処かへ流れていく。
ただ、眺めることしかできなかった。その光景は、美しくて、恐ろしかった。

世界は、創造と破壊を何度も繰り返している。今回も、やっぱり破壊の道からは逃れられなかった。
レーゲンは、また創るしかないのだ。全て、彼の繰り返している世界だ。彼が産み、破壊していく。それが世界だ。
彼は、今やっと、自分が世界において、そういう役目だというのを思い出した。そして、「レーゲン=メルケル」という存在が朽ち果てていくのを、ゆっくりと感じた。
彼は、目を閉じた。何億と繰り返した、終末の感覚に堕ちてゆきながら、祈った。何億と繰り返した祈りは、きっと次も叶う事が無いのだろう。

次こそは、伝えなきゃ。ちゃんと、君に、面と向かって。


四億五千三百四十二回目の世界は、終焉を遂げた。


テーマ:自作小説(ファンタジー) - ジャンル:小説・文学

[2016/04/05 21:02] | 終末の話 | トラックバック(0) | コメント(1)
傍観者の終末考察



じりじりと、球体は膨張を続ける。果てしなく膨張し、表面には亀裂が入り、歪みが生まれる。
やがて、それが限界に達した時、頂点に達した時。それは一気に破裂、崩壊し、中身は洪水の如く、溢れてすべてを飲み込む。すべてを飲み込んだそれは、何もかもを流し、消し去り、無に帰す。
わたしは、終末を、そう例えている。
はてさて、今回(恐らく2000年程だ。まだまだとても短い)考えているのは、終末とは何色か?という問いだ。
ひとは、終末を様々な色に例える。例えば、戦場と死の色、赤。全てを壊し尽くす水の色、青。天から照りつける凄まじい光の色、白。触れれば忽ち人を狂わす色、紫。逢魔が時、終わりを告げる色、橙。枯れ果てた大地の色、茶。
興味深いものだ。終末とは、一概に言い表すことの出来ない。ひとには、終末が多彩な色に見えるのだ。わたしには、分からない色だ。

ブラオ・トレーネの少年は言った。
"世界"は、海なのだと。
その海が膨大な"世界"を受け入れきれず、溢れかえり全てを流し尽くして無に帰す。それが、終末なのだと。
"世界"は、ブラオ・トレーネの少年は、余りにも優しいのだ。それが滅亡を呼ぶ悪魔でも、受け入れてしまうのだ。
彼は、全てが幸せに終焉を迎える世界を願っていた。叶うはずもない、途方も無く膨大な願いを、彼は願い続けていた。
欠落しているのだ。
その願いには、必然的に彼の犠牲が伴うのだ。全ての幸せを願う、ブラオ・トレーネの少年は、幸せにはなれない。創造と破壊の繰り返しは、彼から、彼自身の存在の重みを忘却させた。
ブラオ・トレーネの少年は、虚ろに微笑んでいる。その眼は、ただの二つの穴に過ぎず、自身の姿を写さない。その耳は、自身の言葉を受け入れない。その存在を、証明するものは、"世界"しか無い。
その"世界"が証明された時、"世界"である彼は、ブラオ・トレーネの少年は、永遠になる。全てを幸福な終焉に誘う概念となる。その存在は、消滅に等しい。
完成した"世界"で、彼はただ幸せな終焉を望み続ける。自身は終末を迎える事無く、永遠に繰り返す。永遠という軛は、彼を縛り付けて離さない。
永遠なる創造と破壊の環は、果たして訪れるのか。
果たして、それは幸福な終末と言えるのだろうか?


[2015/12/17 22:25] | 終末の話 | トラックバック(0) | コメント(0)
監察者の手記



ブラオ・トレーネの光によって、我々は産み出されたらしい。
時に、少年(と思しき肉体を持ったもの)は、私にこう告げた。
蒼き光を放つ結晶体。その光は、深海のように冷たく、しかしどこか懐かしさを感じる暖かさを持っていた。
産み出された時の記憶は、少しながら私の中に存在していた。暗く深く、静かな胎内で、蒼き光を放つ結晶体は、少年の中に組み込まれていく。

ブラオ・トレーネ。それは、この世界の核であり、また永遠なる創造と破壊の環の核である。
全てを産み出し、受け入れる。だが、不完全なそれは、産み出したものを保てずに、崩壊に導く。
ブラオ・トレーネは、不完全でいて完成した存在であった。不完全故に、永遠なる創造と破壊を繰り返す。
私は、ただ見ていることしか出来ないのである。ブラオ・トレーネに産み出された監察者は、世界の流動を見守る存在でしかない。
時に、ブラオ・トレーネを持つ少年は言った。ブラオ・トレーネの定には、逆らえない、と。
言って仕舞えば、少年自体がブラオ・トレーネであった。少年は、自身の崩壊を止めることができず、永遠なる創造と破壊の環を産み出しているのだ。
時に、少年は言った。自分の中のブラオ・トレーネの一部を、永遠なる創造と破壊の環に組み込んだ、と。
組み込まれた一部は、本体の世界の崩壊後に、再び蒼き光を放つ、再生の力を持っていた。
本体と一部が融け合い、完全となったその時、永遠なる創造と破壊の環は終末を迎え、ブラオ・トレーネは永遠となる。
そうして、少年は自身を縛り付ける永遠から、解放されることを望んだ。しかし、その計画は、あまりにも不完全であった。
一部が崩壊すれば、本体の世界も崩壊する。本体から分離した一部は、余りにも脆すぎた。例え、崩壊を免れても、本体の世界の崩壊には耐え切れず、共に崩れてしまう。
残酷にも、結局は少年が永遠から逃れる事は許されない。私は、それを見守ることしか出来ないのだ。

果たして、永遠なる創造と破壊の環に、終末は訪れるのか。
私は、ただ見守ることしか出来ない。


[2015/11/11 19:47] | 終末の話 | トラックバック(0) | コメント(0)
無題
少年は、死することが出来なかった。
否、死という概念は彼には存在せず、生命とというものを持ち合わせてはいない。
不死身、と言い表すのは相応しくない。そもそも、少年は少年ではなかった。
幼い人間、という形姿を纏った、何か。ヒトの真似をした、ヒトでは無いもの。
それは、言い表すことの出来る存在ではなかった。
それが世界に「存在」しているという事も、正確な表現ではない。敢えて例えるのならば、永遠に世界を創り続ける「システム」だろう。
システムに感情など宿るのか?それは、問うた。そうでなければ、この総ての神経を駆け巡るような痛みは何なのだ?その問いに、答える者は存在しない。
それは世界を生み出す歯車の核に過ぎず、ただ単調に同じ行為を続けるだけ。意思など関係なく、何千、何億と繰り返す。
そんな繰り返しの中、蓄積された莫大な記憶の中の、星屑のような一つを何度も思い返す度に、堪え難い痛みを覚えるのは、何故なのか。
慣性のように、義務のように、続けていた行為の中、繰り返される事を知っても尚、ただ一つの星屑を追い掛けてしまうのは、何故なのか。
本当は、繰り返したくないと思ってしまうのは、幸せな結末を望んでいるのは、何故なのか?

それは、ヒトで有りたかった。
ヒトの真似事は、残酷にもそれに「感情に似たもの」を与えてしまった。
理不尽な事に、それに課せられた義務は、永遠の創造と破壊だった。
幸せを手に入れかけたとして、必然的に待ち受ける破壊は、何度もそれに絶望の記憶を焼き付けた。
永遠なる創造と破壊の環に、終末は訪れるのか?
その問いに、答えられるものは存在しなかった。
[2015/11/01 20:58] | 終末の話 | トラックバック(0) | コメント(0)
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